狩野永徳
狩野永徳は1543(天文12)年山城国に足利将軍家御用絵師、狩野松栄の長男として生まれました。細密な真体画を得意とする祖父元信の画風に大きな影響を受けて成長しました。また自由奔放な草体画をなした父松栄の画風をも学び、大和絵の伝統的な画題に漢画の手法を折衷して、狩野派画法を大成し、宗家5代目として活躍したのです。最初将軍足利義輝に仕えましたが、その後狩野派一門を率いて織田信長の安土城、豊臣秀吉の聚楽第など、邸内大壁面に金碧画を描き、桃山美術の世界をリードしました。また徳川家康や宮廷にも政治的布石をして狩野派の地位を盤石不動のものにしたのですが、父松栄より早く、1590(天正18)年43歳で惜しくもこの世を去ってしまいました。(写真左は、代表作「唐獅子図屏風」です。この勇壮な屏風は織田軍が毛利攻めの最中、羽柴秀吉の陣中にしつらえていたとされるものです。中は、「松鷹図屏風」です。本図は大和絵伝統の常磐の「松図」に武家好みの「架鷹図」を組み合わせたもので、桃山美術の雰囲気をよく伝える作品だと言われています。左は、「源氏物語図屏風」です。大和絵の画題「源氏物語図」の中から「若紫」の段を描いたものです。内容は「アーティストジャパン013号」を参考にしました。)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)




























最近のコメント