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2008年12月29日 (月)

今年も終わった

2  今日は12月29日、今年の仕事も今日で終わりです。お陰様で無事元気で今年1年を終えることができそうです。有難いことだと思っています。一方、世間ではこのところの不景気で「金がないので病院にも行けない。首を切られた上住居も取り上げられて路上生活を余儀なくされた。」とか悲惨な話で持ちきりです。天皇陛下も誕生日のコメントでこのことについて大変心配されていました。日本国中皆が希望を持って正月を迎えたい。来年は丑年です。牛歩のごとく、力強く確実に一歩一歩前進したいものです。子年今年一年有難う。来年こそはいい年でありまうように。それではいい年をお迎えください。(イラストは左が子年のネズミです。右が丑年の牛です。)

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2008年12月26日 (金)

ヤズの刺身を作った

Img_65481_3 Img_65511_2 Img_65651_2  先日に引き続いて、酒の肴の話です。寒ブリと行きたいところですが一人では食べ切れないので、ブリの子ヤズを買ってきました。早速三枚に下ろし、胸骨を取り除いて背味と腹味に切り分け、皮を剥いで4つにしました。アラはアラ炊き用に切り分けました。捨てるゴミはエラだけです。後は骨を残して全部食べてしまうのです。刺身は背味、全体の1/4を使いました。後は冷蔵庫で保管です。刺身ができた。アラも炊けた。さあ今夜も呑もう。しっかし今日は12月25日クリスマスの夜だなあ。考えてみたらショボイクリスマスの夜だ。まっ呑もう。おい、テレビくらい景気のいいニュースを流せよ。(写真左は調理前のヤズです。中は調理後です。右は夕食のおかずです。刺身とアラ炊きが今夜のメインディッシュです。)

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2008年12月18日 (木)

今夜も呑むぞぉー

Img_65362  12月に入って忘年会に早四回も出席してしまいました。まだ後、二回残っています。人と呑むのはほんとうに疲れてしまう。自分のペースで呑めないので体によくない。その点一人で呑む酒はいい。自由気ままです。今夜のおかずは7品。まず、メインディッシュが「サンマの刺身」と「ホウレン草と豚肉の野菜炒め」。汁物は「鶏のぶつ切り入りの寄せ鍋」です。寄せ鍋にはキノコ、豆腐、ネギ、春菊、が入っています。刺身は酢醤油に下しニンニクを入れたタレで食べます。サンマは青みの魚の中では一番旨い。私芋酎は青みの魚の王様であるマグロより旨いと自認しています。テーブル中右の皿は「芋の煮物」です。薩摩芋、里芋、山芋、人参が入っています。芋はほくほくして大変美味しい。手前右は「茄の煮物」。中は「小羽イワシの煮物」。圧力鍋で炊きました。形は良くないけど骨まで食べられてこれも大変美味しい。左は「高野豆腐」です。食べると汁が口いっぱいに広がりこれも又旨い。テレビは派遣社員の首切りのニュースを流しています。収入ゼロ住む家もなくなるとのこと身につまされます。ホームレスの人が増えると言っています。ほんとうに不景気な年末です。それでも愛用の芋焼酎を呑んでいると浮世のことはすっかり忘れ、ほんわか幸せな気分になってしまいます。今夜も呑んで明日も頑張るぞー。

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2008年12月 6日 (土)

日本語は難しい

Img_64731_2  日本語は難しい。ゴルフ場で会社の先輩とプレーしている時の話です。ブログ「夢酔酒」を見て、「浜田にゴルフをしに行った」とタイトルに書いてあるが、「しに行く 」とは何処の言葉か?。と聞かれました。私芋酎としては標準語のつもりでいるので、標準語ではないのですか。と返答をしました。そんな標準語なんかない。という話です。一般的に通用しないのだそうです。私は子供の頃から使っていた言葉で通じると思っていたのでびっくりしました。お里が分かるなー。と思い、ブログのタイトルを「浜田でゴルフをした」に代えました。よろしくお願いします。話は変わりますが、人間が言葉を話始めたのは今から5万年前だそうです。5万年前アフリカで言葉をしゃべりだした150人位の人達が世界中に散らばって行ったのだそうです。長い人類の歴史の中で5万年はほんの少し前の出来事です。それにしても日本語は難しい。これからは、気を付けよう。(写真は山口県岩国市の錦帯橋のすぐ傍にある錦帯橋公園です。本日のタイトルとは関係ありません。)

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伊藤深水

011 031 044  鏑木清方を師と仰ぐ伊藤深水(1898-1972)は、歌川國芳-月岡芳年-水野年方-鏑木清方と受け継がれた浮世絵歌川派の流れを近代に続く強力な画系として、とくに歌川玄冶店派(げんやだなは)と呼ばれている、その最後の人なのです。1987(明治31)年東京の深川に生まれた深水は13歳の時、清方の弟子となります。その翌年、巽画会第12回展に出品した「のどか」が初入選。この天才少年の出現にいきなり世間の注目を浴びることになったのです。その後大正末には20代の半ばで美人画家の名を決定的にしてしまいます。昭和初期にはたんなる美人画にとどまらず、人物画にリアルで情調的な画風を展開、戦後には艶麗な線描やクリアな色調にユニークな画境を確立しました。その美女たちは着物の上に顔があるのでなく、着物の中に中身があると評され、健康的でエネルギッシュな肉体感が特長とされています。大正、昭和と活躍した伊藤深水は1972(昭和47)年74歳で生涯を終えました。(写真左は「三千歳」1950-51年の作です。中は「宵」1933年の作です。腰巻がほんのりピンクに透けて見え、このうえなく色っぽく見え、微風に揺れる簾のウマオイが、翡翠のかんざし呼応しています。右は「鏡」1947年作、昭和22年第4回日本芸術院賞を受けた作品です。記述内容は「アーティストジャパン11号」を参考にしました。)

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2008年12月 2日 (火)

正式名称「矢部川大橋」に決定

Img_64252 011  私が勤めている会社のある「福岡県みやま市」では毎月1回、市の広報が発行され市民に配布されています。その12月号を見ていたら、有明沿岸道路の「仮称矢部川橋」に正式な名称がついたとありました。正式名称は「矢部川大橋」です。この名称は、応募総数1,210通の中から選ばれた名前だそうです。これは以前私がこのブログの中で勝手に呼んだ名前によく似ています。ごく普通の実にいい名前です。この有明沿岸道路は来年3月、大牟田市の大牟田インターチェンジから大川市の大川インターチェンジまでの23.8kmが前線開通する予定で、現在40分かかる大牟田市~大川市間が、10分短縮できるそうです。「清水建設、川田建設」さん、完成まであと一息です。頑張ってください。(写真右は最近の矢部川大橋の状況です。左はみやま市の広報「みやま12月号」の表紙です。)

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